キエッリーニをユーヴェに奪われたローマ、罵声を浴びせるバルディーニさん
今日知って驚いたこと。
— AS ROMA電子報告 (@asroma_dempo) May 10, 2020
ジョルジョ・キエッリーニは元ローマの選手でしかもユーヴェの横槍がなければ今もローマでプレイしていたかもしれないこと。
これ有名な話なのかな?私が知らなかっただけ?
以下はこのTweetに関して調べた私的なメモです。
2003年夏、当時のファビオ・カペッロ監督も希望し、ローマは共同保有の形でリヴォルノからキエッリーニの保有権の50%を獲得。引き換えにマルコ・アメーリアがリヴォルノに完全移籍。キエッリーニはリヴォルノでプレイすることに。
2004年夏、ローマはメクセスの問題でメルカートでの選手の獲得が禁じられたことで選手の放出が思うように出来なかったこともあり、大きなお金は無かったもののリヴォルノのスピネッリ会長はキエッリーニにお前はローマに行く、支払いは他の選手を経由して1月に行われることになるだろうと言ってローマのセンシ会長と合意したと告げる。
キエッリーニはリヴォルノからローマへの移籍は大きなステップアップなので喜び、当時のローマのバルディーニSDと話しもする(スパレッティ監督も同席)。
メルカート最終日、ローマへの入団記者会見を行う日の朝「問題があるので君はミラノに来なければならない。私は君をイタリアの最高のチームたちの一つに売るが君は何でも受け入れると約束する必要がある。」とスピネッリ会長から電話。
キエッリーニは母親と共に車でミラノのホテルへ。
ホテルに入るとそこにはリヴォルノに罵声を浴びせているバルディーニさんの姿が。
それから部屋に通され、観音扉を開けるとそこにはユーヴェ経営陣がいた。
キエッリーニは自分がユーヴェに移籍することを理解。
リヴォルノはローマとの合意を反故にし封印入札にて事前に約束していた金額とは違う300万ユーロという大金を封筒の中に記載しキエッリーニの残りの50%の保有権を取得したのであった。
リヴォルノの背後にいたのはユーヴェでこの時ユーヴェの監督になっていたファビオ・カペッロさんが彼の獲得を後押しし、ローマの状況を上手く利用した。そして数日後、キエッリーニはリヴォルノからユーヴェへ移籍。
結局キエッリーニがローマのユニフォームを着てプレイしたのはほぼTorneo di Viareggio(ユースの大会)だけとなった。
(了)
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